熬過了成為父母的重重準備,終於迎來女兒降臨

因為卵巢早衰無法使用自己的卵懷孕,最終放下心中的不安,與先生反覆討論後選擇來台灣送子鳥借卵。
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2026-06-12 2026-06-12
作者 客戶分享

借卵生子

接受不孕治療,不等於很快就能懷孕

我在十幾歲時月經就停止了,之後持續接受了超過二十年的「荷爾蒙療法」,每天服藥讓月經來潮。從那時起,醫師就告訴我「自然懷孕恐怕會很困難」,因此我對不孕治療並不排斥。在結婚前我也和先生談過這件事,而他也表現出積極合作的態度。

當時我們也認為,既然接受不孕治療,那應該很快就能懷孕。

婚後過了一段時間,我們開始進行不孕治療。一開始是進行簡易輔助受孕,每天去醫院打針、抽血,但卵子卻沒有長大。醫師說「如果卵子不長大,就無法進入下一階段」,我才意識到自己甚至連治療的起跑線都還沒站上。那時我們夫妻剛開始創業,忙碌的生活讓我們無法兼顧治療,便暫停了療程。時間就這樣匆匆過去,我們也過著開心的兩人生活,不知不覺就來到四十歲的門前。

某天,醫師對我說:「如果你們不考慮生孩子的話,其實可以不用再吃藥了。」這句話讓我和先生重新認真討論,決定至少要先了解自己的現況。於是我和先生一起前往大型的不孕治療醫院做檢查。

轉念借卵,選擇台灣,選擇送子鳥

檢查結果是,先生的精蟲無法自然懷孕,但透過顯微受精仍可達成懷孕。我則被診斷為「早發性卵巢衰竭」,無法使用自己的卵子。醫師明確地說,我們要懷孕的唯一方法就是借卵。

雖然我早就知道「借卵」這個選項,但當真的被告知自己要走這條路時,心中仍難以接受。當時我有許多不安——像是「我能愛上一個沒有我DNA的孩子嗎?」一開始醫師推薦在日本借卵,但我們反覆討論後,決定選擇在法律制度完善、且外貌相似度較高的台灣進行治療。但那時剛好是COVID-19疫情期間,許多說明會只能線上參加。

最終,我們選擇了送子鳥。透過App等方式可以方便地掌握資訊,加上詳細的郵件說明讓人安心,我們就這樣開始準備各項檢查與文件。

初診時,我和先生一起到院接受各種說明與檢查,雖然也有不少不安,但醫師與工作人員都非常親切,日語諮詢師也給予極大的陪伴與支持,讓我很安心。初診結束大約一個月後,我們就收到了捐卵者的介紹。雖然內心有很多想法,但收到介紹的那天剛好是我的生日,我覺得這也是一種緣分,便決定接受這位捐卵者。

之後事情進展得非常迅速,從初診到第一次植入不到四個月,我就一個人前往台灣進行了第一次植入。那次植了兩顆胚胎,其中一個成功著床,但最後未能確認胎囊,被診斷為萎縮性胚囊,因此接受了流產手術。為了釐清是否為染色體異常或母體原因,醫師也安排了染色體檢查,結果顯示並無異常,並得知那是一位小女孩。

準備第二次植入時,主治醫師更換為賴醫師,他提出進行ERA檢查與三針免疫抑制針劑的新方案。手術過後、已經服用了許多藥,也接受了自己打針,我其實有點猶豫是否要繼續前進。當時也多次與我的諮詢師聯繫,傾訴我內心的不安與煩惱,並和先生再次深入討論,最終我們決定:「這次就當作最後一次吧」。於是我們接受了ERA檢查與針劑,正式啟動第二次植入的準備。

這段期間,我花了很大的勇氣。

我心裡總是浮現「萬一又流產怎麼辦……」、「又要開始打那麼多針了……」的恐懼。因為第一胎的流產我還未能完全釋懷,所以我們特地拉長了週期,讓自己慢慢調整心情,也更傾聽自己的聲音。

七個月後,我們根據ERA檢查結果將植入日延後一天,進行了第二次植入。由於需在植入前兩天施打第一針免疫用藥,我提早前往台灣,並在植入後兩天接受檢查再返國,因此這次總共停留了一週左右。我特別找了靠近夜市、美食街、診所與機場都方便的飯店,透過醫院介紹順利入住,整體住宿體驗非常滿意。

這次也同樣植入了兩個胚胎,回國後的檢查結果顯示兩顆胚胎都順利著床,我們便再次開始前往日本的診所進行追蹤。考量到第一次的經驗,這次醫師建議在首次HCG確認後,每兩天進行一次抽血追蹤。此外,根據結果,有更多日子需要每天打兩針,我最不擅長的自己打針,這些都讓我感到很辛苦,但我心中只有一個願望——「一定要守護好在我肚子裡成長的這個孩子」。

在第三次心跳檢查時,其中一位雙胞胎寶寶的心跳停止。醫師說那位寶寶會在之後被母體自然吸收,不需進行任何處置。而另一位寶寶則持續健康地成長著。

後來因為孕吐加劇,我提早從診所轉診到設有周產期中心的大學醫院,並依照送子鳥賴醫師的診斷與指示,每週回診一次。與醫師保持聯繫、調整用藥……就這樣持續著,最終在懷孕14週時順利從送子鳥畢業。

借卵生子

順利畢業,順利產下健康的女寶

收到畢業通知的郵件時,我淚流滿面。終於結束了!那一刻我感到無比喜悅,但也因為要和一直聯絡的日語諮詢師道別而感到些許寂寞。

過去那些要寫在白板上才能記住吃法的龐大藥量,也慢慢減少了。進入穩定期後,僅剩預防血栓的藥,身心都輕鬆了許多。

之後我在大學醫院接受產檢,根據賴醫師的建議,持續服用預防血栓的口服藥至32週左右。最終在38週又6天時,順利誕下一位2845克的健康女孩。現在她已經快六個月大了,健康又有活力地成長著。

我們夫妻曾度過很長的二人時光,也過得幸福快樂,但當我們決定展開治療後,這段旅程中出現了無數的痛苦、悲傷、不安與選擇。我們也曾因此產生衝突,經過不斷地溝通、思考、再溝通,一步步共同前進、一起克服困難,最終迎來了我們的孩子。

現在回想起來,那些時光其實正是在為成為父母做準備。

能夠順利生下女兒,第一次在產房中抱著她,現在能與她一起生活,我覺得這一切都是奇蹟。我曾經認為自己無法「用自己的身體懷孕、在肚子裡孕育生命並親自生產」,但能實現這一切,全都要感謝有捐卵者的存在。寶寶出生後,我完全沒想到自己能夠全母乳哺育到現在,這也是個奇蹟呢,我和先生常這麼說。最重要的是,她真的非常可愛。雖然她長得很像先生,沒有遺傳我的樣子,但我對捐卵者充滿感激與幸福,甚至覺得是否有DNA的連結根本一點都不重要,因為我們就是實實在在的母女。

這次的治療中,我們並未選擇初診時介紹的PGS和ERA檢查;此外,在懷孕期間也未接受出生前診斷,因為我們在治療前就已決定不進行這些檢查。在日本,我們所依賴的診所離我們家非常遠(單程需經高速公路約1.5小時),耗時耗費,加上醫院等候時間很長,體力上非常吃力。而且所有治療費用都需自費,這對我們來說是很大的開銷。像流產手術不在保險範圍內,原本可被保險支持的ERA檢查也因其他治療為自費項目而無法報銷……

最終能在我們決定「這是最後一次」的第二次植入中成功懷孕,我認為是一件非常幸運的事。從初診到植入的進度也非常迅速,每次都會收到詳細的行程規劃與說明,讓人非常清楚明瞭,這對我們幫助很大。最令人感激的是,不論我們提出多麼微不足道的問題、或反覆表達相似的不安,日語諮詢師總是耐心傾聽、真誠回應、給予建議並與我們一同喜悅,她們的陪伴多次給了我們勇氣,讓我能堅定地面對治療,真的非常感謝。

感謝送子鳥及台灣的一切

我們從心底為自己所做的選擇感到欣慰,也慶幸自己鼓起勇氣走上了這條路。誠摯感謝送子鳥生殖中心台北院的所有人員,以及捐卵者,真的非常謝謝你們。

另外,初診時是我們夫妻一同前往台灣,而兩次植入我都是自己單獨赴台。第二次停留期間,只有第一次是向在公車站的阿姨詢問搭車地點,之後就靠Google Maps與台灣的公車App,幾乎到哪裡都是搭公車。費用便宜、又能直達目的地附近,非常方便,也能一邊欣賞窗外的街景,旅行感十足。當然,去診所的時候我也都是搭公車,車站就在附近,下雨天也幾乎不會淋濕。有時搭錯車線急忙下車,有時趕著出門卻眼睜睜看著公車從眼前開走……這些都是旅行中獨特的趣事。台灣的食物真的非常美味,人們也都非常親切。在我最喜愛的台灣度過的這段時間,讓我從壓力、緊張與不安中獲得身心的解放。

這個我一直以來非常喜愛的國家,如今成了我心中特別的國家。未來不久,我期待能帶著女兒與家人再次造訪台灣。若能讓曾在送子鳥生殖中心照顧過我的工作人員抱一抱我親手育成的女兒,那將是我莫大的喜悅!

原文(日文)

私は10代の頃に生理が止まり20年以上もカウフマン療法を続け毎日薬を服用して生理を起こしてきました。当時から『自然妊娠は難しいだろう』と言われていたので不妊治療をすることに特に抵抗はなく、結婚する前に夫にも話していましたし、夫も前向きに協力してくれる意思を示してくれていました。そしてその時は不妊治療をすればすぐに妊娠できると思っていました。

 

結婚して少し経った頃に始めた不妊治療、まずはタイミング法で毎日注射を打ちに通い採血しても卵は成長せず。卵が育たなければ次のステップに進めない、と言われ、そもそものスタートラインにすら立てていない状況に戸惑い、その頃自営業を始めたばかりの私たち夫婦は毎日の忙しさもあり治療を断念。そのままあっという間に時は過ぎ、なんとなく夫婦二人で楽しく過ごしていたら40歳目

前に。

 

その頃カウフマン療法の薬をもらっていた病院の医師に『子どもを考えていないならもうお薬は飲まずに過ごしてもいいんですよ』と言われたことで改めて夫婦で話し合い、とりあえず現状を把握してみよう、と夫婦で不妊治療の大きな病院に行き検査を受けました。検査結果は夫の精子は自然妊娠は難しいけど顕微授精なら妊娠は可能、私は早発閉経と診断され、自身の卵子は使用できない、とのことでした。そして私たち夫婦が授かれる方法は卵子提供1択、と伝えられました。

 

卵子提供という言葉は知っていたけれどまさか自分が、という思いもあり、当初は自分のDNAが入っていない子どもを愛せるのか、など様々な不安もありました。初めは日本での卵子提供を勧められましたが話し合いの上、法整備されていて外見も似ている台湾での治療を決めましたが、その頃ちょうどコロナウイルスが流行し、いくつかの説明会もオンラインでの参加でした。アプリなどで色々把握できることなどが決め手となり、こちらの病院に決めてからメールのやり取りが始まり、様々な検査や事前の書類など細かく教えていただき準備を進めて行きました。

 

初診は夫婦で様々な説明や検査などを受け書類を提出に行ったり不安なこともたくさんありましたが、医師やスタッフの方々も皆親切で優しく接してくれましたし、日本語通訳のスタッフの方々がとても親身に寄り添ってくれたので安心できました。初診から戻ると約1ヶ月程でドナーさんの紹介があり、考える部分もありましたがご紹介のメールが来た日は偶然私の誕生日だったこともありこれも何かのご縁と思い、その方に決めました。

 

それからはあっという間に移植の日が決まり、初診から4ヶ月弱で渡航し1回目の移植を行いました。

1度で2つの胚移植、1回目の移植は無事に1つ着床したものの胎嚢が確認できず枯死卵という判断で流産手術を受けました。染色体に異常があったか母体の異常だったかを知るために、染色体検査の依頼もあり検査も行いました。染色体異常はなく、女の子だったということもわかりました。

 

2回目の移植に進むにあたり、担当医師が頼先生に代わり、新たにERA検査と免疫を抑制させる注射3本のご提案がありました。手術の後でしたし、すでにたくさんの薬を服用したり自己注射したりしていたので不安もあったりして2回目に進むこと自体を躊躇し、やり取りしていた担当のスタッフの方にも不安や心配事をたくさん相談して聞いていただき、また夫婦でたくさん話し合い”今度が最後にしよう”と決めて、ERA検査と注射も取り入れて移植に向けて進み始めました。

 

この時間はとても勇気が必要でした。

2回目もまた流産してしまったら...

またたくさんの注射を打たなくてはならないんだ...

と不安なことばかりが頭をよぎり突然涙が出てしまったり、1回目の流産がまだ受け止めきれていないままだったので少し治療周期を延ばしてゆっくり心の声を大切に過ごしていたように思います。

 

1回目の移植から7ヶ月後、ERA検査の結果を踏まえて移植日を1日ずらし2回目の移植を行いました。

2回目の移植時は、移植2日前に1回目の免疫抑制の注射を打たねばならず少し早めに渡航、そして移植2日後の検査後に帰国したので約1週間滞在することもあり、観光や買い物がしやすく夜市やご飯街が近い、さらに病院や空港もアクセスしやすい場所のホテルを探し、病院でホテルを紹介してもらい宿泊しましたがとても満足のいく滞在になりました。

 

今回も2つの胚を移植、帰国後の検査で無事に2つとも着床してくれたことがわかり、再びバックアップクリニックへ通う日々。前回のことを踏まえ、1回目のHCG確認の検査以降2日に1回の検査にいくことを提案されたこと、また検査結果により苦手な自己注射が1日2本になる日が増えたことなどが辛かったですが、お腹に宿ってくれた子のいのちを繋ぎたいと願い頑張って通いました。3度目の心拍確認で双子のうちのひとりの心拍が止まっていましたが、そのまま出産までには母体に吸収されていくとのことで処置などはなく、もうひとりのお腹の子は元気に成長してくれました。

 

つわりがひどくなってきたので少し早めにバックアップクリニックから周産期医療センターのある大学病院に紹介状をもらい転院、引き続き頼先生の細かな診断と指示を元に1週間に1度の検査に通い、連絡を取り合い、薬の量を微調整し...と繰り返し、14週頃に無事卒業を迎えました。

 

メールで卒業のご案内が届いた時には涙が溢れました。やっとだ!ととても嬉しかったのと同時に、やり取りしていた担当スタッフの方ともお別れなのかと、とても寂しくなったことをよく覚えています。把握しきれずホワイトボードに飲み方を書いて管理していた大量の薬も少しづつ減っていき、安定期に入った頃には血栓予防のお薬だけになって心身ともにとても楽になりました。

 

そこからは大学病院で妊婦健診を受け、頼先生からの提案で血栓予防の飲み薬は32週くらいまで処方してもらい服用していました。38週6日で無事に2845gの女の子を出産、もうすぐ6ヶ月になりますがすくすくと元気に成長しています。

 

夫婦での暮らしが長かったですし、ふたりでも仲良く幸せに暮らしていましたが治療していくことを決め、だけどそこから出産するまでにはたくさんの痛いこと、辛いこと、悲しいこと、不安なことがありとてもしんどかったです。また選択することも多く、夫婦でたくさんぶつかったりもしました。

その都度、何度も話し合い、それぞれにまた考えては話し合い、の繰り返しでした。夫婦で立ち向かって、協力して乗り越えて、そしてやっとこの子を迎えられたと思いますし、今思えばそんな日々はこれからこの子を育てていくために必要な『親になる準備』だったと思います。

 

娘を出産できたこと、初めて娘を分娩室で抱っこできたこと、今娘のいる暮らしがあること、全部が奇跡だと感じています。自身には無理だと諦めていた『自分の身体で妊娠し、お腹の中で育てて出産すること』ができたのはドナーさんがいてくれたおかげです。出産後は全く期待していなかった完全母乳育児でここまで育てられています。これも奇跡だね、と夫と話しています。何よりとてもかわいいです。夫にとてもよく似ていますが、私に似ている要素はなくてもドナーさんの存在に感謝の気持ちが溢れて幸せな気持ちになれますし、私にとってはDNAの繋がりなんてどうでも良くなるくらい、ちゃんと親子です。

 

今回治療を受けるにあたり、私たちは初診で提案された胚の着床前診断とERA検査はどちらも希望しませんでした。また、妊娠中の出生前診断も希望しない、と治療前から決めていたのでこちらも受けていません。日本ではバックアップクリニックが県内でも遠方で(片道高速道路で1時間半)、時間も

お金もかかり、また病院での待ち時間もかなり長かったので体力的にも辛かったです。また、当たり前ですが全て自費になるので正直とても大きな出費でした。流産手術も保険適用にならず、加入している保険が通常であれば適用される先進医療に含まれるERA検査も他の治療が自費だから適用されず...

 

最後と決めた2回目の移植で授かれたことはとても幸運なことだと感じています。初診から移植までの時間もとても早く、毎回細かくスケジュールを立てて送ってくださるのでわかりやすく、とてもありがたかったです。何より、どんな些細な質問や、何度もしてしまう同じような不安の吐露にも毎回真摯に向き合ってくださり、アドバイスをくれたり一緒に喜んでくださったり、常に寄り添ってくださった日本語通訳のスタッフさんに幾度となく救われ勇気をもらって治療に向かえました。心から感謝しています。

 

私たちはこの選択を心から今、喜んでいますし、勇気を出して治療に進んでよかったです。コウノトリ生殖医療センター台北院の皆様、ドナーさん、本当にありがとうございました。

 

ちなみに初診は夫婦で渡航、2回の移植は私が単身で渡航しました。2回目の滞在時は初回だけバス停にいたおばさまに話しかけて乗り場を教えてもらい、あとはGoogleマップと台湾のバスアプリをフル活用してどこにいくにもバス移動をしました。安いし目的地の近くまで行けるしとても便利で、車窓から見る様々な街の風景も楽しめました。もちろん病院へも毎回バスで行きました。バス停が近く雨の日もほとんど濡れずに行くことができました。時々間違った路線に乗ってしまって急いで降りたり、時刻の少し前にバス停に向かっていたら目の前をバスが通り過ぎて行ってしまったり...と旅ならではのハプニングもまた楽しめました。ご飯も最高に美味しいし、台湾の方々は皆親切だし、大好きな台湾で過ごす時間はプレッシャーや緊張、不安から心身ともに解放させてくれました。

 

大好きな国が特別な国になりました。そんなに遠くない未来に、娘を連れて家族で台湾に行ける日を楽しみにしています。そしてコウノトリ生殖医療センターでお世話になったスタッフの方々に娘を抱っこしてもらえたら嬉しいです!

*醫療行為需與醫師討論進行,本篇文章僅反映當時治療狀況與建議

評論

送子鳥生殖中心
送子鳥生殖中心

1.我們一路見證您們夫妻在第一次胚胎移植未能成功後,仍一一克服對後續治療的不安與迷惘。最終能迎接寶寶的到來,對我們來說也是無比的喜悅。

植入胚胎

PGS

黃體素浸潤

胎囊

活產

二植

2顆

ERA

144小時

2

1

健康女兒

一植

2顆

傳統

120小時

-

2.原本夫妻對是否進行ERA檢查有所猶豫,但最終的結果使得植入時機延後一天,這項調整也促使她們決定使用生物製劑。能確認最佳的植入時機,對整體治療有極大助益。


3.隨著胚胎發育,bHCG數值穩步上升,胎囊逐漸長大,聽見寶寶心跳,我們都感受到她們的選擇與一路走來的努力被肯定。看著她一邊與打針與孕吐奮戰,一邊守護腹中的寶寶,我們真切地感受到身為母親的堅強。

能夠陪伴您一路走到畢業,是我們的榮幸與喜悅。由衷感謝您。