跨越十年的等待,只為了與你相遇

跨海借卵,她終於等到屬於自己的孩子

10 年的取卵與植入、無數次的期待與落空,讓她一度以為自己的圓夢之路已經到了盡頭。直到鼓起勇氣擁抱「捐卵」的選項,遠從日本來到台灣送子鳥,這才重拾了做母親的權利。這個案例的故事獻給每一位正在迷惘與堅持中的妳。
我想諮詢
2026-09-22 2026-09-22
作者 客戶分享

開始不孕治療

41歲結婚,

我知道自己沒有太多時間可以浪費,婚後立刻開始了不孕治療

我選擇的醫院,是一間在高齡妊娠與卵子老化問題上擁有先進醫療技術的醫院。

治療過程中,醫師曾向我提出「卵子捐贈」的建議。

但在那個時候,我總覺得那與自己無關,是一個遙遠世界裡、只屬於極少數人的事情。

他院的治療

在這家專精於高齡妊娠的醫院裡,我反覆進行了將近10年的取卵與植入

為了提高懷孕的機率,ERA 檢測、子宮鏡檢查、血液檢查、中藥調理……

凡是可能有幫助的方式,我幾乎都嘗試過。

由於醫院距離遙遠,平時在當地進行監測,只要卵泡開始成長,就立刻趕往需要4小時車程的醫院。

究竟有多少次,是在雨天、颳風的日子、下雪的日子,甚至颱風天,為了治療而奔波呢?

那段日子,生活的重心完全圍繞著治療。

然而,一開始尚能成長的卵子,數量卻逐漸減少,最後甚至無法再順利成長。

於是,我們選擇將先前冷凍的胚胎進行植入,成功懷孕了——

但非常遺憾,這份生命未能持續。

就在那時,醫師再次建議我考慮卵子捐贈。

曾經以為遙不可及的選項,終於,變成了我必須正視的現實。

選擇診所

難道,想要擁有孩子,真的只剩下卵子捐贈這一條路嗎?

我的卵子,真的已經無法再取出了嗎?

真的沒有其他辦法了嗎?

各種思緒交織翻湧,而時間卻不斷流逝。

「先查查看吧。」

懷抱著複雜的心情,我開始搜尋多家診所。

在蒐集資訊的過程中,我逐漸改變了想法——

即使不是自己的卵子,親子關係也不僅僅是血緣;

孩子是在我的肚子裡孕育、由我生下的,那毫無疑問就是我的孩子。

最終,在眾多診所中,我選擇了送子鳥。

因為他們已經擁有完善的冷凍卵子庫

而且電子郵件的回覆始終細心而溫暖。

這也是我第一次到國外接受植入治療

我希望能清楚傳達自己的需求與疑問,

因此,診所有日籍翻譯人員這一點,也成了我下定決心的重要原因。

前往送子鳥就診

當時正值疫情期間,即使解除了入境限制,

要前往送子鳥就診,仍需要提供新冠陰性證明。

原本以為能在機場取得檢測試劑,卻發現並未提供。

正當我不知所措時,一位台灣人用日文親切地問我:

「怎麼了嗎?」

在藥局裡,工作人員也耐心地向我說明檢測方式,

甚至當場協助我完成檢測。

我再一次被台灣人的溫柔與善意感動

第一天,我搭乘送子鳥安排的計程車前往診所。

那種忐忑又期待的心情,至今仍記憶猶新。

送子鳥位於一棟潔白、明亮的建築中。

令我驚訝的是,抽血時竟使用了能清楚顯示血管的儀器。

在日本,我常因為血管不明顯而需要反覆扎針,

但在這裡,抽血過程非常順利地完成了。

當天上午進行檢查,

下午則與送子鳥的工作人員一同前往公證處,

所有手續在一天之內便順利完成。

我原本擔心的溝通問題,也因為有日籍翻譯全程陪同,完全沒有任何困難。

配對與準備

回國後,我透過電子郵件與送子鳥進行捐卵者配對。

因為遲遲無法下定決心,我們反覆進行了多次配對。

終於,捐卵者確定了。

我也正式開始為植入做準備,服用相關藥物。

日本與台灣在藥物名稱與劑量上有所不同,

過程中難免感到困惑,

但我每次都透過電子郵件詢問,

在充分理解與安心之下,一步一步向前。

植入

醫師小心翼翼地調整子宮內膜,

終於,迎來了植入的那一天。

植入的過程其實非常短暫,

但當我迎接那個進入腹中的小小生命時,

心中滿溢著無比的珍愛。

為了守護這份珍貴的生命,

之後我努力配合了大量的藥物與注射。

回國後,在判定日聽到醫師說:

「您懷孕了。」

那一刻,喜悅幾乎讓我落淚。

每一次產檢,看著寶寶一天天長大,

第一次聽見心跳時,

我忍不住在心裡吶喊:

「原來,我也能迎來這樣的一天!」

途中曾發生過出血的情況,

但送子鳥總是第一時間回信,給予明確指示,

也因此順利度過難關。

生產

順利從送子鳥畢業、轉院至生產醫院後,

即使有任何不安或疑問,

只要寫信詢問,送子鳥依舊細心回覆。

雖然在產院被列為高風險妊娠,

但最終,我平安生下了一個可愛的男孩。

回想當初,

帶著複雜心情搜尋卵子捐贈診所的自己,

鼓起勇氣做出決定、踏上台灣的那一步——

我由衷地覺得,真的太好了。

也衷心感謝一路支持、陪伴我的每一位。

送子鳥,是一間

「一定會給你回應」,

讓人能安心託付希望的診所。

不妊治療開始

私は41歳で結婚しました。晩婚だったこともあり、すぐに不妊治療を開始しました。

病院は、高齢妊娠や卵子の老化問題に対して高度な治療技術を持つ病院を選びました。

治療が進むなかで、卵子提供の提案を受けましたが、その時は、自分には関係ない、どこか遠い世界の話で、ごく一部の限られた人達のことだと思っていました。

病院での治療

高齢妊娠に強いその病院では、約10年間採卵と移植を繰り返しました。

妊娠の確率を高めるために、ERAや子宮鏡、血液検査、漢方薬等、良いと思えるものは一通りしました。

病院が遠方だったこともあり、普段は地元でモニターし、卵が育っているとその足で、4時間かかる病院まで何度急いだことか…。

雨の日も、風の日も、雪の日も、台風の日さえも、毎日が治療中心の日々でした。

ところが、はじめのうちは育っていた卵がだんだん個数が減り、育たなくなってきたのです。

そこで凍結していた受精卵を移植し妊娠しましたが、残念ながら継続できませんでした。

そんな時、再び卵子提供をすすめられました。

遠い世界の話だと思っていた卵子提供が、ついに、私にも現実味を帯びてきたのでした。

クリニックの選定

もう子どもを授かるには卵子提供しかないのか?

もう本当に自分の卵子は採れないのか?

どうにかならないのか?

そんな思いが渦巻くなか、時間だけが過ぎていきました。

「とりあえず調べてみよう」

複雑な思いを抱えながらもいくつかのクリニックを調べました。

色々調べていくうちに、自分の卵子ではないが、血の繋がりだけではない、自分のお腹で育てるのだ、自分の子どもに他ならない!そう思うようになっていました。

そして数あるクリニックのなかで決めたのは、病院が紹介していたコウノトリさんでした。コウノトリさんはすでに凍結の卵子バンクがあり、メールの対応も丁寧だったからです。

また、初めての外国での移植。こちらの要望や質問をきちんと伝えたかったので日本人の通訳の方がいることも決め手になりました。

コウノトリ受診

当時はコロナで渡航が制限され、渡航解禁になっても、コウノトリさんを受診するのにコロナの陰性証明が必要で、空港でもらえるはずだった検査薬の配布がなく、困っていたら「どうかしましたか?」と台湾の方が日本語で声をかけてくれました。

薬局でも検査薬の使い方を丁寧に説明してくれ、その場で検査してくれました。私は改めて、台湾の人の優しさにとても嬉しくなりました。

初日は、コウノトリさん手配のタクシーで受診に向かいました。

ドキドキしながら向かったのを覚えています。

コウノトリさんは、白く綺麗なビルの中にありました。

驚いたのは、採血時に血管が透けてみえる装置があったことです。

日本では注射がうまくいかず、刺し直しになることもありましたが、この装置のおかげか、採血もスムーズに終了しました。

その日は、午前中は検査、午後からはコウノトリのスタッフの方と公証人役場に行き、1日で様々な手続きが完了できるスケジュールでした。

心配していた意思の疎通も日本人の通訳の方がずっと付き添ってくれ、何も問題はありませんでした。

 

帰国後はコウノトリさんとメールのやりとりでマッチングをしました。

なかなか決めきれず、何度かマッチングを繰り返しました。

ようやくドナーが決定し、いよいよ移植にむけて服薬を開始しました。

日本と台湾では、薬の名前も、量も違い戸惑うこともありましたが、その都度メールで質問し、納得しながら進むことがでしました。

移植

薬を間違えないように注意しながら内膜を整え、ついに移植の日がやってきました。

移植はあっという間ですが、お腹に迎えた大切な命を愛おしく感じました。

ここからは、この大切な命を守るためにたくさんの薬と注射をがんばりました。

帰国後の判定日に「妊娠しています」と言われた時はとても嬉しかったです。

診察の度に大きくなっていく赤ちゃん。心音を聞いた時には『自分にこんな日がくるなんて!!』と感動しました。

途中、出血したこともありましたが、すぐコウノトリさんから返信で指示をいただき、事なきを得たこともありました。

出産

無事、コウノトリさんを卒業し出産する病院に転院してからも、都度わからないこと、不安なことをコウノトリさんにメールで質問すると、丁寧に返信していただきました。

産院ではハイリスク妊娠でしたが、無事、かわいい男の子を出産しました。

あの時、複雑な思いで卵子提供クリニックを調べたこと、思いきって決断し渡台したこと、本当に良かったと思います。

そして、いつも支えてくださった皆様、本当にありがとうございます。

「必ず答えがかえってくる」安心感のあるコウノトリさんでした。

*醫療行為需與醫師討論進行,本篇文章僅反映當時治療狀況與建議

評論

Kylie
Kylie

1.不放棄的心
非常感謝您分享如此珍貴的治療經驗。在長年的治療過程中,相信您與先生經歷了許多掙扎與不安,但仍不斷彼此討論、鼓勵,一步一步勇敢面對新的選擇。能夠以負責人的身分陪伴您走過這段重要的旅程,對我而言是一份莫大的榮幸。當得知您順利迎來新生命的那一刻,我們全體團隊都感到無比感動與喜悅,就像自己的家人迎來好消息一樣。

2.完善的日文服務
為了讓來自日本的客戶也能安心接受治療,本院提供完善的日文翻譯服務,並重視治療過程中的即時溝通,透過電子郵件等方式迅速回覆患者的疑問與不安,讓客戶能夠安心地一步步完成治療。此外,本院設有卵子庫,因此通常能縮短等待配對的時間,使治療流程更為順利。對於遠道而來的患者,我們也盡可能減少往返負擔,透過最少兩次來台即可完成治療的規劃,讓患者能以更有效率的方式完成療程。

選擇卵子捐贈治療往往需要很大的勇氣,也伴隨著許多猶豫與掙扎。然而,在這一步的前方,等待著的可能是一段嶄新的家庭旅程與珍貴的生命相遇。希望這篇體驗分享,能為正在猶豫或尋找方向的朋友帶來一點希望與勇氣,讓更多人相信「自己或許也有機會」。未來,本院也將持續用心陪伴每一位患者,提供安心、完善的治療環境,與大家一起迎接新生命的到來。

卵子数

正常受精

胚盤胞

PGS

ERA

免疫/血栓

結果

16

11

9

未切

145

Cimzia/Arixtra

男生

 

諦めない気持ち

大切な体験談をお寄せいただき、誠にありがとうございます。長い年月にわたる治療の中で、さまざまな葛藤やご不安を抱えながらも、ご夫婦で何度も話し合い、前向きに新しい選択肢と向き合われたことと思います。担当として、その大切な歩みをそばでサポートさせていただけたことを大変光栄に感じております。そして、無事に新しい命を迎えられたとのご報告をいただいた時は、スタッフ一同、自分たちのことのように嬉しく思いました。

 

充実したサポート

 当院では、日本からお越しになる患者様にも安心して治療に臨んでいただけるよう、日本語での通訳・サポート体制を整え、治療中の疑問や不安にもメール等で迅速に対応できる環境を大切にしています。また、卵子バンクを有しているためドナーを待つ期間が比較的短く、治療をスムーズに進めやすいことも当院の特徴の一つです。さらに、遠方から来院される患者様のご負担を少しでも軽減できるよう、渡航回数をできるだけ少なく、最少二回の治療スケジュールを心がけています。 卵子提供という選択には、多くの迷いや勇気が必要です。しかし、その一歩の先には、新しい家族との出会いがあります。この体験談が、今まさに悩んでいらっしゃる方にとって希望の光となり、「自分にも可能性があるかもしれない」と感じていただけるきっかけになれば嬉しく思います。これからも当院は、患者様一人ひとりの想いに寄り添いながら、安心して治療に取り組んでいただける環境づくりに努めてまいります。