我在43歲的時候結婚,在婚前2012年的11月時有自然懷孕過,但在確認寶寶心跳前就流產了。從那之後我也還是很有信心認為可以自然的懷孕。一直到了2013的夏天都沒有消息,我想可能到了極限了,因此我開始了不孕症的療程,那時從簡易輔助受孕開始,由於都未成功,只好轉戰到了試管嬰兒
2014
1月初第一次挑戰試管嬰兒移植,就順利懷孕。但在確認心跳後第八周卻又流產了。由於年齡的關係讓我備感焦急,因此決定更換醫院,在日本相當有名且優秀的不孕症醫院,光是單趟車程就需要花費3小時(20145月初診)

工作和不孕治療同時進行的關係,我日復一日每天很早出門先到醫院看診後,馬上搭電車去工作。一直到了20154月不斷重複的取卵和植入,都沒有順利成功,我開始有了放棄了在日本進行不孕治療的念頭。

我仔細回想,從以前到現在不孕治療的結果心裡知道要使用「自己的卵子」懷孕已經機會渺茫,再加上工作和家事的壓力下,我感到非常疲憊不堪,在我內心深處一直希望能夠放棄不孕治療。

但是,我的老公很喜歡小孩,於是我們考慮使用借卵的方式。老公他開始不斷的收集相關情報,發現台灣也能進行借卵後,憑藉著以前也有到台灣旅行的經驗,對於台灣的印象良好,從而決定要到台灣進行借卵。

關於醫院的選擇,老公他選擇了台灣的兩間日本病患最多的不孕症醫院,直接打電話確認借卵的相關事宜。那個時候送子鳥診所不管是電話的應對或是電郵回復的速度、以及懷孕率的統計資料,借卵相關的說明都讓我們覺得安心,因此我們一致都選擇了送子鳥診所。20154月下旬我到送子鳥診所初診,L醫師直接與我們詳細的說明。

在送子鳥的治療過程,7月初的時候開始服用植入前的用藥,在那期間要去進行抽血以及內膜檢查,再依據此結果決定來植入的日期。我植入了兩顆胚胎,驗孕的結果是「陰性」。很快的我又再次下定決心,9月下旬進行植入了兩顆胚胎,結果是「陽性」,那時候的我是45歲。

除了台灣以外的國家,像是美國或是泰國也都可以進行借卵,但是根據我的判斷,在台灣的醫療技術比較值得信任L醫師,在加上費用相對其他國家來說比較便宜。台灣人的民族性以及外觀都與日本人非常接近,因此我並不會排斥到台灣進行借卵。

對想要小孩但卻因為高齡或是其他疾病,而無法順利懷孕女性來說,借卵是唯一的希望之「光」。在日本無法順利生下小孩的話,只能夠選擇領養小孩,但關於小孩的詳細資訊無從而知、和夫妻們也都沒有血緣關係,並非自己懷孕所生等等...諸如此類的事而感到不安,不願接受領養這條路徑。

相對來說,卵子捐贈者的背景我們能有一定程度的了解,可以透過我們夫妻的希望條件去選擇。並且可以透過自己懷孕而體驗到當媽媽的感覺。更重要的是,小孩和老公有血緣關係,因此讓我們不排斥到台灣進行借卵。

當然,在言語溝通上也會有不安的地方,但是,L醫師和送子鳥的員工們溫暖又熱心的舉動,讓我們的不安感完全消失。直到現在我依然感謝當時送子鳥溫暖的支持著我。

懷孕後我每天都能感受到寶寶健康的「胎動」,讓我深深的感受到當媽媽的幸福感。20154月初診時,我和L醫師訴說了從以前到現在,在日本不孕治療的辛苦過程。L醫師跟我們說「不用擔心,你一定能順利當媽媽」。當時我淚水止不住的不斷落下,一直到現在這句話依然記憶猶新的在我腦海中。對於長時間的不孕治療,一直都沒有成功的我來說,我從沒聽過如此溫暖的話。當時L院長非常有自信的說出這句話,就是因為這「一句話」,讓我提起勇氣到台灣進行第二次的植入。

目前在日本借卵仍然是被禁止,不斷的不孕治療再加上年齡不斷的增長,我無力又自責的悲觀看待這一切。40多歲的人懷孕總會被貼上「高齡產婦」的標籤,從而產生壓力想放棄,變得越來越消極,再加上經濟的考量....一切都變得非常負面。如果,那時候有「借卵」的選擇的話,我想我會更主動並更放鬆的面對不孕治療。

我在不孕治療的這段時間,即使用強刺激的方式最多也只能取到2顆卵子,取出來的卵子品質也都不太好,因此受精後時常也無法正常分裂。另一方面,在台灣的捐贈者因為年輕,取到的卵子數和40多歲的我相比真是多很多。受精後的胚胎品質也都很好,冷凍保存了很多顆胚胎。從中我自己挑選了等級較好的胚胎進行植入。現在還剩下多顆胚胎持續冷凍保存。因此,當有一天孩子想要兄弟姊妹時,也能夠再次進行植入,增加家族成員。

未來我們還未計畫好,但是唯一確定的是,我們會持續冷凍這幸福的希望。

43歳の時に結婚をしましたが、籍を入れる前に一度自然妊娠しました(2012年11月)。結果、胎児の心拍が確認出来ず自然流産(稽留流産)。その後この歳でも自然で子どもが出来るのだと
希望(自信)をもち子作りするものの・・・全く恵まれず限界を感じ2013年の夏に地元の不妊治療専門のクリニックへ通い始めました。そこでタイミング法から開始しましたが思うような結果が出ず体外受精へ移行。
2014年1月に初めて体外受精での移植をし結果「陽性」。しかし心拍確認後の8週目で流産。
年齢的にも焦りを感じていたので病院を変更。全国でも有名で優秀な不妊治療のクリニックへ、電車で片道3時間位かけて通い始めました(2014年5月初診)。仕事と不妊治療を両立していたので早朝に家を出て診察後すぐに電車で戻り仕事に行く日々でした。その後、2015年4月まで採卵や移植を繰り返ししたものの良い結果が出ず日本での不妊治療を断念。
 
これまでやって来た不妊治療の結果を考慮しても「自分の卵子」での妊娠には限界を感じ、仕事や家事との両立がストレスとなり疲れていたのもあり、不妊治療を終えることに内心「ホッ」としていたのが正直な気持ちでした。しかし、子どもをどうしても授かりたいという主人の強い意思もあり、第三者からの卵子提供を考え主人が情報を検索したところ、台湾で卵子提供を行っていることを知り、台湾は以前旅行したこともありその時の印象が良かったのも有り決意。
病院選びは、主人が台湾では日本人向けには主に2つの病院が卵子提供をしていることを知り双方へ直接電話をし相談していました。その際の、対応やメールでの返答の迅速さ、また妊娠率のデータ、説明の一貫性等を熟考した結果、こうのとりの病院を選択し治療を受ける決意しました。(その頃はもう45歳になってます)
2015年4月下旬に同病院を受信し院長から直接詳しい説明を聞いてきました。治療は凍結胚盤胞の移植で7月に初めての移植に向け薬を飲み始めました。
その間に血液検査でのホルモン値報告、内膜の厚さの報告。それらの結果を踏まえ台湾から移植の実施日が決定され渡航しました。胚盤胞2つ移植しました。結果は「陰性」。再度チャレンジすることを決心し9月下旬に移植(胚盤胞2つ)結果「陽性」(45歳)→現在2016年5月末出産予定に至っています(現在は46歳)
 
台湾以外で卵子提供をしている国はアメリカやタイをはじめ色々有りますが、台湾での治療の信頼性が高いと我々は判断しました。また予算面でも他国と比較すると比較的経済的なのも選択理由のひとつでした。
台湾人の国民性や外見等からもアジアの中で、とても日本人に近いこともあり、台湾での卵子提供にはそれほど抵抗は有りませんでした。高齢や何らかの病気が原因で子どもが欲しくても授かれない女性にとっては、唯一残された希望の「光」だと思っています。
日本では子どもが授かれない場合の最終選択として里親サービスが有りますが、やはりその子どもの出所の詳細がはっきりしていない点や、自分達夫婦いずれものDNAが引き継がれていない事に不安と抵抗がありましたし、自分のお腹の中で育てていない子を持つ・・・ということにも抵抗がありました。それに対し、卵子提供はドナーさんの背景がある程度分かり、自分達の希望のドナーさんを選択でき、自分のお腹の中で赤ちゃンが育つという体験を通して母になれます。何よりも主人のDNAを引き継いで残せる事への喜びが、他国での卵子提供への抵抗を和らげました。
勿論、言葉の上でのコミュニケーションの不安は有りましたが、コウノトリの院長をはじめスタッフさんの温かく熱心な姿勢にそんな不安は全く無くなり今では本当に温かいサポートに感謝の気持ちしかありません。間もなく出産を控えお腹の中を日々元気に動く「胎動」が、何よりも母になる幸せ・実感を募らせています。
2015年の4月の初診の際に院長先生にこれまでの日本での不妊治療の辛い経過を報告した際に「心配しなくても大丈夫ですよ。絶対赤ちゃん出来ますから。」と言われた時に涙が止まらなかった事を今でもはっきり憶えています。それまでの長く苦しい治療の末、結果も出せなかった自分に、そんな温かい言葉をかけてもらった事は有りませんでした。そんな中、院長先生が凄く自信を以て言って下さったその「一言」が、その後私に台湾での2度の移植への勇気を与えてことは間違いありません。
 
日本では卵子提供は未だ限られていることは、治療を続け歳を重ねるに連れて自分の無力さを責め悲観的になってしまいます。世間的にも40代になると「高齢出産」のレッテルを張られ・・・それが諦めやストレスとなるばかりで、非効率的となります。経済的にも追い込まれ・・・全てがマイナス効果になってしまいます。
もし、そこに「卵子提供」という選択肢が有るならば、もう少し積極的にかつ余裕を以て不妊治療にのぞめるような気がします。
 
私の場合は全力で刺激をしても採取できるた卵子の数は2つが限界で、それも質が決して良く有りませんでした。よって、受精させても正常に分裂しなかったりすることが多々・・
それに対し台湾のドナーさんは若いので・・採卵した卵子の数は私の様な40代とは話にならない程違います。
よって受精卵の質もとても良いものが沢山でき、冷凍保存が可能になります。その中からされにグレードの高いものを自分たちで選び移植させてもらえます。妊娠し出産を控えた現在でも、まだ残り多くの受精卵が冷凍保存されています。(有料で更に延長凍結可能)
 
よって、いつかまた兄妹が欲しいと思えばいつでもその受精卵を移植し家族を増やすことが出来ます。
我々は今後・・・どうするかは未定ですが受精卵の冷凍保存は継続しています。

精選文章

Celine的分享

評語圖片
  1. 一直到現在都還常常會收到客戶傳來的小孩照片、影片,裡面充滿著幸福與歡笑。因為孩子的出生讓家增添了不一樣的風貌,也讓他們一家人變得更加緊密。
  2. 客戶選擇使用捐贈卵子銀行,因此客戶從初診到第一次植入間隔不到3個月。 捐贈卵子銀行是捐贈者已事先將卵子取出後冷凍保存,因此可以減少配對等待以及療程時間。客戶之前在日本嘗試了快2年的時間,都未順利成功。轉念後,5個月就順利懷孕。
  3. 客戶在送子鳥借卵的幸福數字: 
     

    解凍卵子

    解凍後存活卵子

    正常受精卵

    囊胚

    植入

    結果

    顆數

    18

    17

    15

    12

    第一次

    Day5:4BA + Day6:5BC

    未懷孕

    第二次

    Day54BB + 4BB

    已順利生下寶寶(單胞胎)